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テニアン島

先日テレビで放映された「ローレライ」に出てきた あの広島と長崎に原子爆弾を落としたB29爆撃機が飛び立った島として登場したテニアン島 偶然にも行って来ました。
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サイパンの港より高速フェリーで約1時間 サイパンよりひと回り小さいフラットな島です。
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高速船のためか?窓ガラスが曇り 景色は、まったく見えませんでした。
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予約した半日島内観光 バンと日本人女性のガイドさんが迎えてくれます。
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まず最初に訪れたタガ遺跡   南の島によくある巨石文化のような・・。
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飛行機のプロペラとエンジンが道の脇に・・・。62年・・・・・。そうなんですテニアンは、有名な
グアムやサイパンのように開発されずに残ってる田舎であり海や自然を満喫するには、絶好のリゾート地なのです。
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タガビーチ その昔 王のプライベートビーチだったと言う
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水のきれいさは、マニャがハ以上 泳ぐ大きな魚がはっきりと見えます。
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第一次大戦後30年間日本が統治し入植がおこなわれサトウキビの栽培と鰹漁で賑わい栄ていたが太平洋戦争中 アメリカ軍が日本本土空爆の基地として目をつけ攻撃 占領となった。
占領したアメリカ軍がニューヨークのマンハッタン島に似てることから付けられたブロードウエイ
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港からまっすぐに伸びる約10キロの道路 陸揚げした原爆を搭載地まで運ぶために造られたという.。   このフラットな島が標的にされた原因でもある。

そしてテニアン島北東部にある潮吹き海岸へ
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太平洋から来るうねりによって吹き上がるというが上がらない時が多いようだ幸運にもこの時は、風が強く活きよいよく吹いていたが吹かないときのガイドさんは、説明に苦慮するようだ。
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サイパンが見え海峡は、潮のながれがはやそうです。
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当初日本軍が造った南洋諸島最大のハゴイ飛行場の滑走路 連日B29が飛び立った所
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現在 アメリカ軍の駐留は、ないものの時折訓練のため使用

運ばれてきた原爆を降ろしB29の腹部に吊り上げ搭載したところ のちに世界の歴史に名を残すこととなった 奥にみえるのがエノラゲイが広島に・・手前がボックスカーが長崎に・・。
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中央にある米国による記念碑には、「戦争を一刻も早く終結する為 米国は、B29を発進させ広島と長崎に原子爆弾を投下した」と原爆投下を正当化する文字が刻まれていた・・・・。
このほか日本軍通信所跡や日本軍指令部跡を廻ったがあえて載せないでおこう。

                                              続く

昨日から降り続く雪に すっかり城下は、雪景色となりました。
今年も残り少なくなりましたが一年間つたないブログにお付き合いありがとうございました
また来年も宜しくお願いいたします   よいお歳を・・・・。


 
by tacchikoichi | 2007-12-31 13:57 | テニアン

マニャガハ島

3日目は、日本から予約を入れたサイパン中西部の沖に浮かぶトロピカルアイランド マニャガハ島ツアーに出発です。
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朝ホテルのロビーで待ち合わせ 次々に来るマリンショップの車 ほとんどの日本人は、5~10分前には、椅子に腰掛け待っているが迎えに来るローカルのドライバーは、計ったかのように
ギリギリに迎えに来る そんな中 黄色いバンがロータリーで待機してこちらをうかがっている様子 真っ黒に日焼けしてサングラスをかけたドライバーに時間は、早いが片言の英語(単語を並べただけ)で聞いてみると予約したショップの移住3年目の日本の青年でした。ちなみに私は、15分前 彼は、10分前だそうです。せっかちな国民性は、遠く南の島でも変わりませんでした。
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マリーナに到着するとボートが待機しており濡れて困るものは、ロッカーへと?カメラも?
聞いてないけど・・・。
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リーフを抜けると白波の中 猛スピードで島へ・・。
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ネット予約時に水着着用後Tシャツ 短パンの意味がよくわかりました あとなぜ安いかも・・。
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わずかボートで10分でこの透明度 
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こんな小さな島にも大砲や破壊されたトーチカが・・。
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日本人観光客の減少でJAL直行便の撤退にかわり大陸からの団体客が昨年頃から増え続け増便されてると言う。
今回のマニャガハ島でも特にマリンスポーツをする訳でもない団体が嵐のように次々に上陸し
帰って行った  そしてビーチに残したものは・・・。

さて気分を変えて海中へと・・。
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初めての水中撮影 波で体が揺れるのと魚が動く為 悪戦苦闘!!
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魚が手にあたるなんて・・。
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50枚の中 何とか使えた4枚です    むずかしい・・
by tacchikoichi | 2007-12-29 17:26 | サイパン

戦跡ツアー

日本を出発する前は、戦跡へは、行かず綺麗な所だけを見ようと思い旅立ちましたが いざ到着してみるとホテルの前にあるビーチにも沈んだ戦車が漁礁になるなど戦後62年たった今でも
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各所に残る傷跡を目にすると やはり同胞数万人が眠るこの地において遊びだけで帰るわけには、心苦しく思えてきたのです。
早速、2日目の予定をヒストリカルコースに変更し戦跡を廻ることにしました。
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各ホテルを廻りツアーの参加者を乗せて最北端へ   やはり年配者が多い
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バンザイクリフ サイパン島最北端の岬である。正式な名前はマッピ岬。太平洋戦争中、日本軍司令部がサイパン島北部にあり、アメリカ軍の激しい戦闘(サイパンの戦い(1944年6月15日~同年7月9日))において、追い詰められた日本兵や民間人が、アメリカ兵からの投降勧告、説得に応じず、80m下の海に身を投じて自決した悲劇の断崖(岬)である。多くの自決者が「天皇陛下、万歳」と叫び両腕を上げながら身を投じたことから、戦後この名で呼ばれるようになった。自決者の数は1万人にのぼるとも言われていて、海は血で真っ赤に染まり、死体の海と化した。
現在はサイパン島南太平洋地域の平和記念公園として整備、慰霊碑が建てられており、崖周辺にある多数の供養塔とともに、観光地の1つとなっている
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高い山がスーサイドクリフ
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つぎにラストコマンドポスト 日本軍の司令部跡で岩のくぼみを利用しており まわりがジャングルの為最後まで米軍に見つからずにいたが捕虜の自白により一斉攻撃を受け激戦地となった。2年前の天皇訪問により錆びて朽ち果てた大砲や戦車にペンキが塗られたと言う。
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スーサイドクリフとは、日本語で自殺の崖という意味で サイパン島北部に位置するマッピ山北面の崖を指す。敗色濃厚となった多数の日本兵および民間人が、アメリカ軍からの投降勧告、説得に応じず投身して自決したことからこの名前で広く知られることとなった。
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この地を廻る観光客は、ほとんどが日本人であるという。今回も各所に線香をたむけ黙祷をする人、 Vサインで記念撮影をするカップル、バンザイと言って走り回る若者、 いまでは、観光地となり訪れ方も様々だろう・・ ただ生きたくても投降を禁じられた人々のなかには、幼い子供達も数多くいたと言う・・・。

続いて訪れたのが我が郷土が誇る松江春治氏のシュガーキングパーク
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第1次大戦後、サイパン島に精糖事業を興し、先住民や移民たちのために学校や
 病院などインフラを整備、南洋開発に情熱を注ぎ「南洋開発の父」といわれた
 松江春次。サイパン経済に多大な貢献をした人物として「シュガーキング」と
 呼ばれ、サイパン史上最も有名な日本人とされる
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戦後アメリカが統治し撤去されそうになると原住民の強い願いで残され
今なを弾痕がのこり当時の戦闘の激しさが伝わるようです。
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先日のオフ会のなかで酒の酔いも手伝って(いつものことだが・・)サイパンを熱く語っていると
同席したFGホテルのH支配人から海外に現存する日本人の銅像は、野口英世と松江春治だけだと聞かされ共に会津出身であることに感激した・・ここで使いたい・・会津バンザイ!!
                                           続く
by tacchikoichi | 2007-12-27 17:02 | サイパン

サイパングランドホテル

現地時間15時に到着後 機内で書いた入国カードと旅券を持ち入国審査へ すんなりと通る家族連れや時間のかかる単身の男性とさまざま あまり見た目に自信が無い私は、サングラスをはずし坊主頭にキャップを深くかぶり「SIGHTSEEING 5DAYS」(観光で5日間)と言うと
「わかってる!行っていいよ!」と言う感じで笑顔の小錦の弟のような検査官 以外にサイパン受けがいいことに気づく? 続いてスーツケースを受け取り税関審査も 開けられて厳しいチェックを受けてるカップルを尻目に笑顔でパス・・気分よく思わずサイパンベリーグッド!!

ほぼ日本人全員が各ホテル行き のバスに乗る為 審査が終わるのを待ち続けることに・・。
ドライバーが片言の日本語が話せそうなので聞いてみると このところさらに厳しくなり また出国は、特にとのこと そうそうここは、、アメリカなのです。
ほどなくバスは、満席となり出発 今日から5日間滞在するサイパングランドホテルへ
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さてビーチ側へと 古いながらもリフォ―ムされまずまず
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さてメインの部屋からの眺めは・・・おぉぉ・・ナンだこの海は・・・。
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そして・・最初に頭に浮かんだことは・・・移住・・。
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下を見るとチャペルが・・ここで挙式をしてビーチでウエディングパーティーか~いいな~もう無理だから生まれ変わってたらここでしよう・・と。そうそうでも家には、息子と娘がいたのだ・・。
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沖合いに一定の間隔で停泊している大型船 ズームで見ても貨物船ではないような?
これは、あとでわかったこと レストランの送迎をしてくれた日本が大好きだと言うフィリピン人のドライバーが片言の日本語とジェスチャーで教えてくれたことだが アメリカ軍が沖縄に駐留する軍隊をグアムに分けることでテロへの警戒感が強まりこのフィリピン海側は、とくに重要視しているとの事 だからサイパンは、安全だからもっと日本人に来てほしいと言っているようだった?自分も日本に友達が家庭をもって暮らしているので2度行ったことがあるという・・。
帰り際に手を出せというので手のひらをだすとポケットから日本の50円と100円玉をサイパンでは、使えないのであげるということ もちろんチップでお返しは、したものの このフレンドリーさにまた感激した 次回また行く機会があればお土産を持っていこうと思う
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                                       続く
by tacchikoichi | 2007-12-24 14:34 | サイパン

サイパンⅠ

昨夜(21日)サイパン旅行より無事帰還しました。
一週間ぶりの会津 先日に降ったという雪も日影に少し残るだけ・・。 でも寒い過ぎ!
確かに31度のサイパンから3度の会津 直線距離で2千数百キロ 地球の広さに只々実感・・

今回天気にも恵まれ憧れのテニアン島まで足を伸ばすことが出来ました。
それでは、サイパン テニアン旅行記スタートです。
まずは、会津若松駅前のワシントンホテル前から東京駅行き高速バス 白虎ライナーにて出発
片道2600円人気のツアーバス初体験 只男性には、チョットせま!値段にナットク・・。
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途中 東北道 那須高原SA 羽生Pで各15分のトイレ休憩をとり約4時間で東京駅到着
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混み合う中慌しく八重洲口下車    写真は、(鍛冶橋P)
前泊の為 余裕でコーヒータイム後 総武線~成田空港駅 ホテルの送迎バスにてチェックイン  (大きなスーツケースを持ち快速に乗り千葉までの混雑に やっぱり成田エクスプレスにしとけば・・後悔)
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翌朝7時成田空港第一ターミナル北ウイング出発ロビーでNWAチェックイン 荷物を預けて
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朝食後展望台からビル内を出発まで散策 十年ぶりの成田 第二ターミナルも出来ていたとは
 時代に・・。
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今回 乗るエアバス330NW76便かなり新しい機材にホッ・・ト 一安心・・。
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個々の液晶画面で映画(日本語)やゲームも出来ました
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昨年の沖縄から一年ぶりの空の旅 少し緊張感が・・・。
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機材が新しい為か?あまり振動も感じずに上空へ  何と 景色が素晴らしい
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天気も良く快適なフライトの中 機内食が配られビール(5ドル)と共に完食でした。
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約2時間後雲の切れ間から硫黄島のような小さい島が見えてきました。
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徐々に高度を下げ旋回後着陸態勢にはいるとテニアン上空  ジャングルの色が・・・。
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気温31度日差しが真夏の日本の2倍は、強そうな南国サイパン
成田より3時間(時差1時間) 12月16日午後3時サイパン国際空港到着  続く
by tacchikoichi | 2007-12-22 14:08 | サイパン

会津っ子INサイパン

今日からグッと冷え込んできました。
先月の初雪以来 市内には、ほとんど雪は、降ってませんが
来週からは、雪の予報が出始めました。
いよいよ冬将軍の出陣ですか・・・。

そんな中 一ヶ月前から計画し予約をしたサイパン行きが明日となりました。
ハワイ以来10年ぶり2度目の海外旅行 いまでは、インターネットのおかげで飛行機の座席指定ができ現地の天気予報を見ながらオプショナルツアーの日程予約やライブカメラの遠隔操作にまで・・・。なんと素晴らしい!
この一ヶ月間に各サイトやブログ等での情報は、慣れない私には、大変 心強いものとなりました インターネットバンザイ!!ですね!

日程   15日午前 白虎ライナーにて東京~成田空港 ホテル宿泊後翌朝NW076便にて 出国~16日から19日サイパングランドホテル宿泊~20日NW075便にて帰国後 成田空港 ホテル宿泊~21日白虎ライナーにて帰宅 6泊7日の予定です。
それでは、北マリアナ諸島 会津若松親善交流都市サイパンへいってきやす!
by tacchikoichi | 2007-12-14 20:04 | サイパン

値上げの波

今年も残すところ20日を切っていよいよ師走も本番ですが
連日の報道でも先の見えない石油の高騰により食品にまで値上げの波がこの年明けにも押し寄せて来そうです。
地球温暖化による異常気象 さらに追い討ちをかける事態となりました。
さてこの冬は、いったい・・・・。
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by tacchikoichi | 2007-12-12 21:19

恐るべし・・。

今では、どこでも見かける自動精米機 主に農家の自家保有米(玄米)を精米する自販機
10キロ100円で白米に出来るため大変便利な機械である。
一袋30キロなのでほとんどが男の仕事なのだが今回 私の前の方は、50代位の女性で慣れた手つきで次々に3袋を軽トラックに積んで走り去って行った。
自分の番がきたので運び入れたがやはり重かった・・・。
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米農家のお嫁さんなのだろうか?頼もしい限りである。
by tacchikoichi | 2007-12-10 21:46

懐かしい・・。

数年前に牡鹿半島を旅した時 泊まった宿で出された鯨の刺身とても懐かしく美味しかった。
私が小学生の頃までは、鯨の脂身で作った鯨汁や赤身のブロックをルイベ状にした刺身 缶詰
 学校では、肝油と 今では、高級食材となったが当時は、普通に食べていた。
国際的な捕鯨問題で一時は、姿を消したがまた最近 高値ではあるが流通されてきたようです。
先日の塩竈魚市場へ行った際 牡鹿半島の根本だからあるかな?と探したところ赤身ですがありました。
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また懐かしくいただきました  ただ冷たいのが歯に凍みます・・・。
by tacchikoichi | 2007-12-08 06:33

仙台・松島

時折雪がちらつく寒い朝ですが向かう仙台の天気予報は、雪のち晴れでまずまず・・。
一人のキャンセルも無く全員参加で昭和を出発したバスに坂下ICで合流 すでに朝から
テンションがあがり花の栽培の話で盛り上がってました。
さくら交通の新型バスで乗り心地満点です。
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坂下ICから2時間あまり漁業の町塩竈へ
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塩竈市内のかまぼこ工場で昼食後塩竈神社へ 
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寒桜でしょうか?咲いていました。
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塩竈港から松島へ遊覧船に乗るのは、小学6年の修学旅行以来 実に35年ぶり・・・。
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観光船用と連絡船用にゲートが分かれており島好きとしては、島行きに乗りたい気分
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35年前は、エチケット袋を全員に渡された記憶が・・。いまではほとんど揺れませんでした
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松島のシンボル的な仁王島
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牡蠣の養殖でしょうか?憧れの海の仕事
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松島に到着後 瑞巌寺 五大堂を足早にまわり近くのホテル壮観に宿泊
宴会 2次会と大盛り上がり唄に踊りに役者揃いに唖然・・。
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朝食後塩竈中卸市場へ 皆さん魚や乾物をこの時とばかりに大量に買い込みました。
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続いて今回の旅の目的地 仙台生花市場へ
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会議では、活発に意見交換が行なわれ大変有意義な市場研修となりました。
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またまた中卸から花や鉢物を買い込みバスのトランクが満杯に・・。
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スーパードライでおなじみのアサヒビール工場で昼食後工場内を見学
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2007年度の部会行事は、これにて終了  皆さん良いお歳を・・・。
by tacchikoichi | 2007-12-06 11:30